M氏の将棋

序盤戦術と自戦記書くよ(`・ω・´)

Har先輩の将棋観 〜指で風を読む〜

自分が大学一年生の頃、しばしば四年生のHar先輩と将棋部の部室で遭遇した。Har先輩は冷静で大人びた風貌をしているが意外に話好きな人だった。会話のテンポが自分と似ていて会話していて心地よかった。そのため将棋や大学の研究のことなど、とりとめもないことについて二人で小一時間も雑談が続くこともあった。

あるとき彼と将棋を指した感想戦でのこと、自分は相振り四間飛車から2歩連続交換の筋を示した。それが架空局面だったか実戦の本譜だったかは不明だが、ともかくそれは下図のような局面だったと記憶している。

先手が自分、後手がHar先輩だ。
この局面においてもし33桂が82銀ならば2歩連続交換を拒否できたわけだが、彼はそうはしなかった。その意図は次の手順で判明する。上図から64歩同歩84歩同歩64飛63金!84飛83歩87飛(下図)

後手は金を出して手厚く指していけるから後手は2歩連続交換を許しても全然指せる、というようなことをHar先輩は言っていた。これはビックリだ。当時の自分の将棋は序盤型かつ機動戦を好むスタイルだったこともあり相振り四間飛車での2歩連続交換は「これにて満足・こちら良し」の判断だった。ここでHar先輩の棋風についても少し触れておくが、彼の棋風は中盤型。旧型雁木やツノ銀中飛車など厚みのある戦法を好んだ。また相手の機動戦に対して腰を落として柔軟に構えて「こい」と言うような将棋だった。厳密な局面精査によるソフト的な有利ではなく、実戦志向の感性に基づいた大雑把な解像度で局面を判断するような人、いわば「指で風を読む」タイプの将棋指し。

上図はそんな両者の思想がよく出た局面でもある。ともかくこの局面での△63金の評価について当時の自分は半信半疑だった。実際上図は評価値先手+400の局面。しかし対局ではそれでも勝てなかった。彼と対局すると毎回妖術のように盤面を支配された。それを身をもって感じたことが、結局Har先輩の大局思想の有用さについて認めざるを得なかった理由だった。

今の自分は2歩連続交換する側ではなく金無双の側を持つ。自分ではこれが自分自身の棋風の変化だと思ってはいるが、普段意識せぬところでHar先輩の当時見せた将棋観への憧れがあるのだろう。
△63金には確かに理論や理屈を超えた厄介さがあった。それが実戦の妙というものだとすると、指で風を読むことは単なる"大雑把"以上の意味を持つ。