矢内氏は純粋居飛車党です。手厚い陣形に組みつつも攻撃的な選択を好む、少し変わった棋風です。現在では相掛かりや角換わりなどの本格居飛車を採用しているようですが、初期の頃は菊水矢倉を主力にしていました。
矢内流の菊水矢倉は角交換を拒否するという点に特徴があります。例えば初手から▲26歩△34歩▲76歩△44歩▲25歩△33角▲48銀△32金▲48銀△52金▲78銀△22銀▲79角△42角▲24歩△同歩▲同角△33桂(図1)
途中、先手の▲79角に対して△42角と引いておくのがポイントです。続く△33桂によって角交換を拒否します。
有名なエピソードとして、矢内氏は清水市代氏との女流王位戦、五番勝負の全てで菊水矢倉を採用しました。五番勝負および間に挟まっているレディースオープン戦の棋譜を紹介します。
棋譜集
対局内容は7局ともだいたい図2に類似した局面になっています。
菊水矢倉に対して△64歩~△72飛と回るのが優秀な作戦です。△7筋交換~△74銀(7筋棒銀)という部分的に受からない攻め筋が生じているので、先手は全面戦争でもって対応するしかありません。矢内氏は第一局・第二局・レディースオープン戦では▲46銀の斜め棒銀で対抗していましたが、やはり矢倉相手では効果は芳しくなかったようです。
それを踏まえて矢内氏は第三局以降では▲46角型を採用。6,7筋をB面攻撃する方向性にチェンジしました(図3)。
▲46角によって△73桂を引き出し、とりあえずの7筋攻めを消すことに成功しました。
これに対し清水氏も第四局以降は金矢倉に組まず、△44銀として中央志向の作戦に変更しています。おそらく▲46角を牽制する意味です。
最終的には矢内氏がこれを勝ち切って女流王位を奪取しました。
その後 清水氏との女流王将戦にて、矢内氏は工夫を見せます。
▲69玉~▲59角~▲37角(図6~図7)
棋譜集
・vs. 清水市代 女流王将戦 ・vs. 大田学 その他の棋戦
三手角で▲37角と配置することで△44銀の当たりを避け、また△44歩の矢倉には▲26角~▲45歩も見ています。実際この駒組みは優秀でした。
ところが翌年の女流王位戦、清水氏の新たな菊水矢倉対策、これが激痛でした。
△86歩~右玉(図8~図9)
棋譜集
△86歩作戦を三連発されてストレート負けを喫しました。うかつに右辺で交換すると87地点に打ち込まれる危険があります。また右玉に組んだのが上手い作戦で、菊水矢倉からの駒交換が後手玉に響かないようになっています。
菊水矢倉としては、やろうと思えば△86歩を防ぐこと自体は可能です。しかし古くより菊水矢倉は8筋の歩を受けないで戦うことが可能だとされていました。下記サイトに23歩について少し記述があります。
よって第一局を負けた矢内氏が第二局以降でも8筋を受けなかった理由は、その通説を信じて検証するためだったのかもしれません。
しかしこの三連敗のあとは、矢内氏は8筋(2筋)を受けるようになりました。
棋譜集
・vs. 竹部さゆり 女流王位戦(相掛かり派生)
つまりは・・・▲24角△33桂(図10)▲68角△23歩(図11)という手順です。これで問題ないと思います。
以下先手が暴れるなら図11から▲24歩△同歩▲同飛△22銀▲34飛△43金(図12)
図12では一見して34歩を取られて気持ち悪いようですが、ここから2通りの展開が考えられ・・・
【1】▲24飛△25歩▲36歩△23銀(図13)
【2】▲36飛△28歩▲26飛△29歩成▲同飛△54歩▲24歩△52飛(図14)
いずれも一局ながら後手が指しやすいと思います。よって△23歩は成立しています。
ちなみに下の棋譜のように6筋の位を取って相手の△64歩△63銀型を阻止できるなら、8筋を受けない選択もアリなようです。
矢内氏は二度目の女流王位戦で清水氏に敗れてから、菊水矢倉の採用数が非常に少なくなり、相掛かりを中心としたい本格居飛車党になってしまわれました。
ただし採用数こそ減ったものの、ご本人曰く・・
菊水矢倉は素晴らしい戦法ですキリッ(ゝω・´★)https://t.co/PSlciXLDAR
— 矢内 理絵子🌒 (@yauchi_shogi) 2017年11月20日
次回は時代をさかのぼること60年、菊水矢倉の創案者について記事を書く予定です。