高島一岐代 九段(1936年プロ入り)
攻撃的な棋風、またその技術の高さから「日本一の攻め」と称されました。写真左が大山康晴で右が高島一岐代(かずきよ)。高島氏は菊水矢倉の創案者であり、角換わりや相掛かりから菊水矢倉に組むのが特徴です。"菊水"という名前の由来は鎌倉時代の武将 楠木正成(くすのき まさしげ)の家紋 "菊水" にあります。(下図)
高島氏の棋譜をいくつか紹介します。
棋譜集
・角交換4筋位取り型(好局) ・角換わり派生_対棒銀_銀冠組み替え
・角換わり派生_55歩54銀型_失敗 ・相掛かり派生_46銀攻め
・矢倉派生_対雀刺し63銀型 ・矢倉派生_▲45桂の仕掛け(好局)
このうち最初の好局については下記サイトに解説が載っています。
印象深い手はやはりこの手でしょう。
まさに攻めの高島という感じの一手です。基本的には菊水矢倉は一段飛車の攻めに弱いのですが、この場合に限っては△31歩の底歩が利くため一段飛車が怖くないようです。
また最後の好局では非常に軽い動きから相手陣を乱すことに成功しています(図3, 図4)。
菊水矢倉と棋風の関係
高島氏と前回の矢内氏には共通して攻め将棋の傾向が見られます。そもそも菊水矢倉というのは桂跳ねによる▲76歩(△34歩)の弱点を根本的に解決することができません。このため菊水矢倉は言うなれば "囲いっぱなし"の囲いなのでしょう。つまり補修工事をして長持ちさせるのではなく、素の耐久性を活かして攻め合いの展開に持ち込むのが菊水矢倉のオーソドックスな運用方法となります。
僕も以前 菊水矢倉を採用していたことがあるのですが、当時はどこか違和感を感じていました。その違和感の正体がまさにこれで、菊水矢倉は本来攻め将棋の人が採用する囲いなのです。受け将棋の自分には合わなかったわけです。
高島氏の菊水矢倉の特徴
一つ目の特徴は冒頭でも紹介した通り、角交換を許容する点です(図5)。
菊水矢倉は陣形が偏っているので、例えば図5から△49角~△75歩▲同歩△76歩のような攻め筋が常に生じています。ちなみに対策手順としては図5から△49角▲35歩△同歩▲18角△75歩▲48飛(図6)があって菊水側が十分な形勢でしょう。
△49角の前に△75歩▲同歩の交換がある場合は△49角▲48飛△27角成▲41角などで7筋の厚みを主張します。角交換があると△49角の筋が怖いのですが、しかし明確な攻められポイントは▲76歩と端攻めぐらいのものなので、ここに関する防御プランを用意できていれば意外にやれそうです。
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高島氏の菊水矢倉の2つ目の特徴は、相掛かり派生の場合などで▲77銀→▲88銀と引いて菊水矢倉に組む点です(図7, 図8)。
明かに手損なのですが、おそらくこれは高島氏が何かメリットを求めてやっているわけではなく、こうやるしかないから しかたなく やっている駒組みです。説明のため戻ってこの局面(図9)を検討します。
相掛かりなので8筋の歩を切られている点に注目。本譜は図9から▲68銀なのですが、スムーズに菊水矢倉に組むためには▲77角~▲88銀が考えられます。
しかし図9から▲77角△95歩▲同歩△97歩(図10)先手不満
図10以下一例は▲88銀△75歩▲同歩△65歩ぐらいで先手は収集つきません。僕のように受け将棋ならまだしも、前述のように攻め将棋の人が望んで進む変化ではないでしょう。
また仮に端攻めされなくとも、▲77角~▲88銀のその次が問題です。
図9から▲77角△41玉▲88銀△63銀...分岐
❶..▲68角△65歩(図11)後手良し
❷..▲57銀△75歩▲同歩△65歩(図12)後手満足
相手が歩を持っているので安全に角を引けません。以上の理由から、高島氏の場合は矢倉▲77銀→▲88銀と遠回りをして菊水矢倉に組んでいます。
また他の可能性としては、高島氏にとって菊水矢倉は最初から狙って指すものではなく、あくまで「矢倉の先の最終理想形」という位置付けだったのかもしれません。棋譜データベースを見ていると高島氏は矢倉のまま戦うことも多かったようです。前回紹介した矢内氏ほどの菊水矢倉へのこだわりはなかった可能性があります。
角交換 菊水矢倉の継承
後の時代になり、角交換 菊水矢倉の使い手はもう一人現れます。
早水千沙 女流三段(1996年女流入り)
防御・B面攻撃を好む棋風です。角交換して腰掛け銀型の菊水矢倉に組むのが特徴です。
棋譜集
・早水流_銀冠組み替えvs64銀 ・早水流_相腰掛け銀_B面攻撃
・早水流_25歩飛車捕獲失敗2 ・早水流_54銀55歩型_3筋謎潰れ
下記サイトに早水氏の棋譜解説が載っています。
もし角換わり 菊水矢倉が実戦で立派に使えるとなると、一般的な角換わりに替わる面白い指し方だと思いました。
付録
最後に菊水矢倉の端のについて少し。菊水矢倉は桂を跳ねているので端が弱いかと思いきや、むしろ雀刺しに対して菊水矢倉が採用されるほど端に耐久性があります。図13から△同歩▲同香△12歩(図14)が手筋の受けで、これで先手の継続手は難しくなります。(by Wikipedia)もちろん以下▲同香成は△同香▲同飛成△11香で飛車が死にます。
以上です。